
もくじ
はじめに
瀬戸内海の春の風物詩として知られるイカナゴ漁。かつては神戸・播磨灘沿岸の港町で春の訪れを告げる風物詩として、多くの家庭で「くぎ煮」が炊かれ、地域の食文化として親しまれてきました。しかし、近年は資源量の激減により漁獲量は激減し、イカナゴ漁そのものが休漁となる年も珍しくなくなりました。
こうした中、神戸市が主導となり「イカナゴ稚魚2,000匹の放流プロジェクト」が始動しました。本記事では、イカナゴ資源の現状とこの復興プロジェクトの狙い、今後の展望について、専門的な視点からわかりやすく解説してまいります。
第1章:イカナゴ資源の現状──なぜ放流が必要なのか?
■ イカナゴとはどんな魚?
イカナゴ(標準和名:コウナゴ)は、主に瀬戸内海・大阪湾・伊勢湾などに生息する小型の魚で、全長は10~15cmほどに成長します。春先に水揚げされる「新子(しんこ)」は、くぎ煮や佃煮として加工され、関西地方では特に親しまれています。地域によっては「カマスゴ」「コナゴ」などとも呼ばれます。
このイカナゴは、プランクトンを主食とする低次捕食者であり、海洋生態系の中では重要な役割を担っています。また、イカナゴを餌とする大型魚や海鳥、海洋哺乳類などの食物連鎖の下支え役でもあります。
■ 激減する資源量──ピーク時のわずか数%に
2000年代初頭まで、瀬戸内海では年間数万トン規模で水揚げされていたイカナゴ。しかしここ10年ほどで資源量は激減し、ピーク時のわずか数%程度にまで落ち込んでいます。兵庫県をはじめとする各府県では、ここ数年は全面休漁や大幅な漁獲制限を実施してきました。
その主な原因として考えられているのは以下の通りです。
- 産卵場環境の悪化(埋立地の増加・干潟消失・水質変化など)
- 水温上昇による成育環境の変化(地球温暖化の影響)
- プランクトン量の変動
- 産卵親魚の減少
- 外敵による捕食圧の増加
これらが複合的に重なり、イカナゴは長期的な資源低下傾向に陥ってしまいました。
■ 放流事業が選ばれた理由
こうした厳しい現状を打開する手段の一つとして、神戸市が採用したのが「稚魚の放流」です。人工ふ化や育成によりある程度の大きさまで育てたイカナゴ稚魚を海へ放流することで、初期生残率の向上と資源回復を目指すという取り組みです。
自然界では、イカナゴの卵・仔魚期の生残率はごくわずか(100万個の卵から成魚になれるのは数匹とも言われる)ですが、ある程度成長した稚魚を放流すれば、外敵や環境変動のリスクをある程度減らせると期待されています。
もちろん、放流だけですべてが解決するわけではありませんが、産卵親魚の回復までの「つなぎ策」としても注目されています。
第2章:プロジェクト概要──誰が、どこで、どう進めているのか?
■ 神戸市が主体となる官民連携プロジェクト
今回のイカナゴ放流事業は、神戸市が中心となって進めている官民連携の資源回復プロジェクトです。単に行政だけでなく、以下のように多くの関係者が関わる仕組みになっています。
- 神戸市漁業協同組合連合会
- 兵庫県水産技術センター
- 地元漁師・漁協
- 神戸市民・地域ボランティア
- 水産関連企業・研究機関
行政・研究機関・漁業者・地域住民が一体となって、イカナゴ資源の回復に本気で取り組んでいることが特徴です。地域ぐるみで資源回復に挑む姿勢が、全国の水産資源管理の中でも注目を集めています。
■ 放流されるイカナゴはどのように育てられるのか?
放流される稚魚は、兵庫県水産技術センターなどで人工ふ化されたものです。親魚から採取した卵をふ化させ、人工飼料や生餌を与えながら、外敵に捕食されにくいある程度の大きさ(全長20mm前後)まで育成します。
自然界では、生まれて間もないイカナゴは体長数mmの状態から外敵に狙われるリスクが非常に高いため、ある程度まで人工環境下で育てることで、放流後の生存率を高める狙いがあります。
この「生存率を高めてから自然に戻す」という放流手法は、他の水産資源(サケ・アユ・マダイなど)でも成果が報告されていますが、イカナゴではまだ試行段階です。
■ 放流場所とタイミング
今回の放流は、2025年春、神戸市沖の播磨灘沿岸で実施されました。ここはかつてイカナゴ資源が豊富だった重要な産卵・生育場です。稚魚が放流された後は、潮流に乗って瀬戸内各地へ広がっていくことが期待されています。
放流時期は、水温やプランクトン発生量などを見極めて慎重に設定されます。2025年は特に水温上昇が早かったことから、例年よりやや早めの放流が選択されました。
■ 放流後も継続する資源モニタリング
放流が終わっても、プロジェクトは続きます。神戸市や兵庫県は、放流後の生残状況や成長度合い、翌年以降の資源動向を追跡調査し、科学的な検証を行っています。この結果は次年度以降の放流計画にも反映され、年々改善が加えられていきます。
科学的データに基づく適切な資源管理が、復興プロジェクトの成否を左右する重要なカギとなっています。
第3章:期待される効果と課題──成功の鍵は?
■ 放流による資源回復の期待
今回の放流プロジェクトにおける最大の期待は、もちろんイカナゴ資源の回復です。瀬戸内海で長年続いてきたイカナゴ漁を復活させ、再び地域の食文化「くぎ煮」などを守ることが大きな目標です。
イカナゴは成長が早く、条件が良ければ数年で資源量の回復が期待できる魚種とも言われています。これまでの実績では、放流された個体の中から次年度の親魚となる個体が確認されるケースも報告されており、放流がうまく循環し始めれば、安定的な資源回復のサイクルが生まれる可能性があります。
また、イカナゴは海洋生態系全体のバランスを支える重要な魚種でもあるため、他の魚種や生態系全体の健全化にも良い影響を及ぼすと期待されています。
■ 放流だけでは不十分な理由
一方で、放流事業だけで資源が回復するわけではありません。自然環境そのものの回復や保全も欠かせない要素です。
例えば、
- 産卵場となる浅場・干潟の保全
- プランクトン環境の安定化
- 海水温変動への対応策
- 流入する生活排水・工業排水の水質管理
こうした環境面の改善が伴わなければ、放流した稚魚の生存率は思うように上がらない可能性もあります。あくまで放流は「補助策」であり、本質的な回復には総合的な海洋環境の改善が必要となるのです。
■ 地域ぐるみの「育てる漁業」への転換
今回の神戸市のプロジェクトは、単なる放流にとどまらず、地域の人々が主体的に関わる**「育てる漁業」**の大きな一歩とも言えます。
- 地域住民の環境教育
- ボランティアによる稚魚育成支援
- 地元学校と連携した海の学習
- 消費者が「食べることで資源保全を支える」意識づけ
こうした地域ぐるみの取り組みが、単なる資源回復を超えて持続可能な漁業のモデルケースとなる可能性を秘めています。
■ 長期的な成果はこれから
イカナゴは卵から成魚になるまでに自然界の厳しい生存競争を勝ち抜かなければなりません。今回の放流の成果が数字として明確に表れるのは2年~3年後とも言われています。
長期的な視点で継続的にモニタリングし、試行錯誤を重ねながら進める必要があります。焦らず、しかし着実に「海を育て直す」取り組みが求められています。
おわりに
イカナゴは、神戸をはじめ瀬戸内地域の食文化と暮らしを支えてきた大切な魚です。しかし近年は資源減少により漁獲が難しくなり、多くの人々がイカナゴの行方を案じています。
今回のように自治体・漁業者・市民が一体となって稚魚放流に挑戦する取り組みは、単なる資源回復にとどまらず、「海の恵みを守り育てる意識」を私たちに改めて問いかけてくれます。自然の恵みは無限ではありません。一人ひとりが海の環境や資源について正しい知識を持ち、次世代に豊かな海を引き継いでいくことが大切です。
イカナゴ資源の復活が、やがて神戸の春の風物詩をもう一度よみがえらせてくれる日を、私たちも期待して見守りたいものです。
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