
もくじ
はじめに
千葉県・勝浦沖で行われているキンメダイ漁。深海にすむ高級魚として知られるキンメダイは、関東をはじめ全国の食卓や寿司店で重宝される魚です。しかし近年、この伝統的な漁がかつてない“相手”に悩まされています。その相手とは――イルカです。
獲れたキンメダイを網から直接奪い取ったり、網を破って逃してしまったりといった被害が後を絶ちません。こうした状況に苦慮した地元漁師たちが、いま注目しているのが“シャチの尿”という、まさに異例とも言える対策法です。
本記事では、勝浦沖のキンメダイ漁の実態と、イルカ被害の深刻さ、そして“シャチ尿”散布という意外な対抗手段の背景と効果について、丁寧に解説してまいります。
第1章:勝浦沖キンメダイ漁とは?—伝統と現状
■ キンメダイとはどんな魚か?
キンメダイ(標準和名:キンメ)は、深海(約200〜600m)に生息する体長30〜40cmほどの魚で、その名の通り「金色の大きな目」が特徴的です。特に脂がのった冬季のキンメダイは、煮付けや刺身、しゃぶしゃぶなどに最適で、高級魚として知られています。
キンメダイは深海に生息するため、漁には特殊な技術が必要です。中でも千葉県勝浦沖で行われているのが「深海延縄漁法」です。長さ1,000m以上の長い縄に多数の釣り針をつけて深海に沈め、時間をおいて魚を釣り上げる方法で、手間と技術が求められます。
■ 勝浦沖のキンメダイ漁の歴史と特色
勝浦は、関東でも有数のキンメダイ漁の産地として知られています。黒潮の影響で水温が比較的安定しており、深海魚にとって良好な環境が整っています。漁師たちは世代を超えてこの漁を受け継ぎ、朝早くから船を出し、長時間にわたって漁場に向かいます。
また、勝浦のキンメダイは「鮮度の良さ」にも定評があります。水揚げされた魚はすぐに氷締めや血抜き処理を行い、その日のうちに市場へ。この徹底した鮮度管理が、品質の高さと市場価値の維持につながっているのです。
■ しかし、いま“天敵”が現れた…
こうした伝統的な漁に影を落としているのが、近年急増しているイルカによる被害です。キンメダイが釣り上げられる直前、イルカがそれを察知して横取りしてしまう、あるいは網を破って逃してしまうなど、漁の成果が失われる事態が頻発しています。
漁業者によれば、被害が出始めたのはおよそ5〜6年前からで、ここ2〜3年は特に顕著。深海から釣り上げる間にイルカが魚を狙う様子は、漁師にとっては“敵に知恵を読まれている”ような感覚すらあると言います。
このイルカによる食害に対し、漁業者たちはさまざまな対策を試みていますが、その一つとして注目されているのが、なんと「シャチの尿」の散布です。
第2章:イルカ被害の実態—どれほど漁に影響しているのか?
■ 見過ごせない漁業被害の現実
イルカは一般的に愛らしく賢い海の生き物として知られていますが、漁業者にとっては深刻な“被害生物”としての側面もあります。特に勝浦沖のキンメダイ漁では、イルカによる漁獲物の奪取や漁具の破損が日常的に発生しており、漁業経営に大きな影響を与えています。
延縄漁では、魚が釣り針にかかってから引き揚げるまでの時間差があるため、その間にイルカが嗅覚や音波を頼りに魚の存在を察知し、巧妙に横取りしていくのです。また、狙った魚だけでなく、縄を食いちぎる、絡めて破損させるといった行為により、漁具そのものの損傷も後を絶ちません。
■ 数量・金額ベースでの損失
一部の報告によると、1回の出漁で約2~3割の魚がイルカに奪われるケースもあるとされ、キンメダイという高級魚であることを踏まえると、1航海あたり数万円から十数万円の損失に及ぶとも言われています。
さらに、漁具の修理や交換費用、出漁回数の制限による売上減少などを合わせると、年間被害額は一船あたり数百万円規模に達する可能性もあります。これは中小漁業者にとっては死活問題であり、放置できない状況です。
■ 被害エリアの拡大と定着化
かつては季節的な一時的被害と見られていたイルカ被害ですが、近年は年間を通じて被害が確認されるようになり、イルカの“学習能力”による定着化が懸念されています。
賢いイルカは一度「ここに餌がある」と認識すると、その場所を記憶し、定期的に訪れる傾向があります。しかも、群れで行動するため一度に複数匹が行動を共にし、広範囲で同時多発的に被害を引き起こすリスクも高まっています。
また、他地域からの情報共有によれば、一部のイルカは船の音やエンジンの振動を識別して「この船はキンメを釣る」と認識している可能性もあると指摘されています。まさに“知能戦”となりつつあるのです。
■ 従来の対策では限界が
従来のイルカ被害対策としては、
- 音響装置(パルス音)による忌避
- 撃音・打音による脅し
- 船や網への光反射物の取り付け
などが試みられてきましたが、いずれも時間が経つと効果が薄れる傾向にあり、イルカが慣れてしまうケースが多発しています。
このような状況の中、従来とは異なる“生物的忌避効果”を狙った新たな対策、それが「シャチ尿」に注目が集まる理由となっています。
第3章:“シャチ尿”散布という奇策—方法と期待される効果
■ なぜ“シャチの尿”なのか?
一見、突飛に思える「シャチの尿の散布」という対策。しかしこれは、生態系の“捕食・被食関係”を利用した、極めて理にかなった方法として注目されています。
シャチは、海洋の食物連鎖の頂点に立つ捕食者であり、イルカにとっては天敵中の天敵です。イルカは、シャチが放つ音や臭い、さらには排泄物の成分すらも本能的に避ける性質を持つとされており、それを利用してイルカを漁場から遠ざけるというのが今回の狙いです。
つまり、「シャチがこの海域にいる」という“ニオイの演出”によって、イルカの接近を防ぐというわけです。
■ 実際にどうやって使うのか?
現在試験的に行われている手法では、水族館などで飼育されているシャチの尿を少量採取し、それを漁船から海上に散布する形で行われています。
具体的には、
- 出漁時に、シャチ尿を数リットル用意
- 漁場近辺または仕掛けを投入するタイミングで、適切な濃度に希釈して海中に散布
- イルカが近づくかどうかを観察・記録し、効果を評価
という流れです。
当然、海水との混合による拡散性や、潮流・風の影響もあるため、どの程度の効果がどれほどの時間持続するのかなど、科学的な検証はまだ進行中です。
■ 初期の実証効果
現時点では限定的な試験のみですが、一部では「イルカの行動変化が見られた」という報告もあります。
- 通常ならすぐに近づいてくるイルカが、散布後は姿を現さなかった
- 他の船では被害が出たが、シャチ尿を使った船では被害が軽減された
- 一時的にイルカの鳴き声や姿が消えた
といった観察結果が、現場の漁師から報告されています。
ただし、科学的なサンプル数が少なく、再現性や効果の継続性については今後のデータ蓄積が必要です。
■ 効果があるとされる理由と可能性
海洋哺乳類の行動学では、「化学的シグナル」に対する反応がしばしば見られます。特に天敵の排泄物に含まれる成分は、生存本能と直結する情報源として作用することが知られています。
そのため、シャチの尿に含まれる特有のフェロモンや代謝物質が、イルカの本能的忌避反応を引き起こしている可能性は十分に考えられるのです。
また、この方法は音響装置や撃音などに比べてイルカにストレスを与えにくく、生態系への負荷が低いとされることから、“共存的対策”として評価する声もあります。
第4章:その効果と課題—専門家・漁師の声から読み解く
■ 現場の漁師たちの反応
実際にシャチ尿散布を試験導入した漁業者の多くは、「効果があったかもしれない」という手応えと戸惑いの両方を感じています。勝浦沖のベテラン漁師によれば、
「確かに、あの日はイルカが来なかった。偶然かもしれないが、他の船ではやられていた。」
という声がある一方、
「尿というものに頼るのが本当に良いのか、根本的な解決にはならない気もする」
という冷静な意見もあります。つまり、一時的効果はあるが、継続的・恒常的な手段としての評価はまだ定まっていないのが現状です。
■ 専門家の見解
海洋生物学者や動物行動学の研究者からは、今回の取り組みに対して以下のような見解が寄せられています。
- フェロモンや排泄物が同種・異種間に与える影響については科学的裏付けがある
- ただし、尿の採取・保存・散布法が標準化されていないため、効果の安定性に課題がある
- 海流・気象・生物の学習行動などの要因が絡み、現場ごとの差が大きく出る可能性がある
中には、これを足がかりとして「イルカが嫌がる化学成分を人工的に合成し、忌避剤として製品化できる可能性もある」とする声もあり、今後の研究による発展性が期待されています。
■ 実用化へのハードル
一方で、実用化に向けた課題も明確です。たとえば、
- 安定供給の難しさ:シャチは水族館など限られた施設にしかいないため、尿の確保は難しい
- 保管と輸送の衛生管理:生物由来物質として扱いに注意が必要
- 法的・倫理的な整備:自然由来成分を海に放つ行為への規制やガイドラインが未整備
また、現場の漁業者にとっては、手軽さ・再現性・コストが最重要であり、「継続的に使えるのか」という疑問は大きな壁となっています。
■ 漁業×科学の協働に期待
こうした状況の中で求められているのは、漁師の知見と科学者の知識の連携です。現場での実証とデータ収集を積み重ねることで、やがてはより洗練された、持続可能なイルカ忌避策が開発されるかもしれません。
「自然との共存」を掲げる漁業において、敵対ではなく“距離をとる知恵”が問われている今。シャチ尿は、その一つの突破口として、今後の研究と実践の積み重ねが期待されます。
おわりに
イルカによる漁業被害――それは、愛らしい海洋生物と、海で生計を立てる人々との、複雑で繊細な関係の表れとも言えます。今回ご紹介した「シャチ尿散布」という奇抜に見える対策は、まさに知恵と自然との向き合い方を模索する現代の漁業の縮図です。
自然を敵にせず、共に生きる。科学の知見と漁師の経験が重なり合うことで、新しい解決策が見えてくるかもしれません。海の資源を守りながら、安心して漁ができる未来のために、こうした挑戦的な取り組みこそが求められているのです。
今後も、現場の声と研究者の協力が結びつき、持続可能な海との関係が築かれていくことを期待したいと思います。
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