
もくじ
はじめに
ウナギの価格高騰はここ十数年、土用の丑の日のみならず私たちの日常食卓からもウナギを遠ざけてきました。国際的な資源減少を背景に、ニホンウナギは2014年に絶滅危惧種(IUCN レッドリスト)へ指定。国内外の規制が強まる一方で、稚魚(シラスウナギ)確保に頼る従来型養殖は供給不安・違法取引・コスト高騰の要因となってきました。
こうした行き詰まりを打開する鍵が「完全養殖」──人工ふ化から成魚まで人の手で循環させる閉鎖型生産モデルです。本稿では、これまで「夢物語」とさえ語られた完全養殖ウナギが実用化フェーズへ近づくまでの歩みを解説し、価格と流通がどのように変わり得るのかを読み解いていきます。
完全養殖ウナギとは何か──これまでの壁と技術的ブレイクスルー
そもそも完全養殖が難しかった理由
ウナギは他魚種と違い、
- 産卵場が遠洋(マリアナ沖)という生態的特殊性
- レプトセファルス期(柳葉形仔魚)という特異な形態
- 海水→汽水→淡水を往来する回遊生活史
という三重のハードルを持ちます。1970年代以降、国研水産研究・教育機構が親魚の成熟誘導と人工授精に目処を付けたものの、仔魚期の餌料開発が最大の壁でした。ブラインシュリンプでも配合飼料でも生残率は数%以下に留まり、「仔魚が口にする天然の有機ゲル状物質(マリンスノー)に何が含まれるのか」を再現できずにいたのです。
「奇跡のパウダー」開発と量産化パイロット
転機は2010年代後半。近畿大学・鹿児島大学・民間飼料メーカー合同チームが、
- 海洋性多糖類+リン脂質強化微粒子
- 微細藻類(イソクリシス)と酵母由来ペプチド
を組み合わせた“仔魚用マイクロダイエット”を開発し、生残率を10%台へ押し上げました。さらに2022年、親魚用光制御システム(産卵リズムをLEDで再現)と閉鎖循環式海水設備(RAS)を統合したパイロットプラントが稼働。年間5,000尾規模ながら「完全養殖ウナギ」を連続出荷する国内初の事例となり、量産化検証が一気に加速しました.。
コスト構造の変化──ウナギ価格は本当に下がるのか?
完全養殖で変わる“種苗コスト”の内訳
従来養殖の経営を圧迫してきた最大要因は、シラスウナギの仕入れ価格です。近年は1kgあたり200万円前後まで高騰し、原価の3〜5割を占めるケースも珍しくありません。完全養殖が軌道に乗れば、この“天然採捕依存”がゼロになります。
もっとも、親魚の光制御設備や閉鎖循環式海水(RAS)などのインフラ投資が初期費用として発生するため、導入直後はむしろ原価が上がる可能性が高いです。しかし種苗を自社ループで繰り返し得られるようになれば、10年スパンで見ると累積コストは天然採捕方式を下回るとの試算が複数報告されています。
飼料・エネルギーの最適化がカギ
仔魚~稚魚期に用いるマイクロダイエットは高価ですが、成長とともに市販配合飼料へ段階的に切り替えられるため、全期間平均すると従来飼料費との差は2〜3%程度に収まる見込みです。むしろ大きいのはエネルギーコスト──RASでは水温・溶存酸素・アンモニア除去を機械的に管理するため電気代が膨らみます。設備メーカー各社はヒートポンプ+太陽光を組み合わせた**「自己完結型エネルギーRAS」**を開発中で、これが実用化すればランニング費の低減に直結します。
流通・加工のボトルネック
完全養殖ウナギはサイズ規格が揃いやすく、活鰻での出荷歩留まりが高い利点があります。一方、従来の流通チェーンは“天然シラス期の数量変動”を前提に調整弁としてのブローカーを多数抱えており、新しい定量・定期供給モデルに合わせた再編が不可欠です。加工場のキャパシティ、蒲焼きラインの自動化、活魚輸送車の回転率などを最適化しなければ、原価低減分が物流コストに消える恐れがあります。
価格シミュレーション──小売1尾2,000円台は射程圏?
水産研究・教育機構と民間3社の共同試算(2024)では、種苗コスト85%削減・電力単価28円/kWh想定で、活鰻原価を従来比3〜4割低減できると推定しています。これがそのまま小売価格に転嫁されれば、スーパー店頭の蒲焼き用170g規格が現在の3,000〜3,500円から2,000円台前半へ下がる計算です。
ただし、初期投資回収期間や電力単価、飼料原料価格の変動が大きい現状では、当面は“プレミアム蒲焼きと同等”の価格帯(2,500〜2,800円)が現実的な落としどころと見る専門家が多数派です。価格が一気に半値になるわけではないが、長期的には確実に下がる方向──それが完全養殖ウナギの経済的インパクトと言えるでしょう。
流通・消費者市場へのインパクトと残された課題
価格が下がると何が起きる?
完全養殖で原価が下がれば、店頭のウナギも少しずつ安くなります。
- 買う機会が増える
土用の丑の日だけでなく、普段の食卓やお弁当でも手に取りやすくなります。 - 飲食店でも使いやすい
価格が読めるため、うな重やうな丼を期間限定でなくレギュラーメニューに載せやすくなります。
「安くても安心?」安全・品質面のチェックポイント
人工ふ化から育てたウナギは、薬剤管理や水質が数字で管理されています。
- 抗生物質や重金属の検査をクリアしたものだけが出荷
- サイズや脂のノリがそろっているため、焼きムラが少ない
消費者は産地表示に「完全養殖」や「陸上養殖」の文字があるかを確認すると安心です。
残る課題は“電気代”と“売り場づくり”
- 電気代の高止まり
完全養殖では水温管理とろ過に電力が欠かせません。再エネ併用や省エネ設備が普及しないと、原価が下がりきらない恐れがあります。 - 売り場での見せ方
「天然より味が落ちるのでは?」という先入観をなくすため、試食会やストーリー発信が必要です。
国際的な評価もカギ
ウナギは国際的に資源が減っている魚です。完全養殖が定着すれば、
- ワシントン条約の制限を受けにくい
- サステナブルシーフード認証(MSC など)取得もしやすい
輸出やインバウンド需要にもプラス材料となります。
まとめ
完全養殖ウナギの普及で「高くて手が出ない」という状況は徐々に改善へ向かいます。ただし、電力コストと消費者のイメージをどうクリアするかが今後のカギです。技術だけでなく、安定供給の仕組み作りと分かりやすい情報発信が、ウナギの“夜明け”を本物にしてくれるでしょう。
おわりに
完全養殖は「ウナギ=高級品」という常識を少しずつ変え始めています。シラスウナギに依存しないことで、価格の安定だけでなく資源保護にも直結する点が最大の意義です。もちろん電力コストや消費者の認知など、解決すべき課題は残っていますが、技術・経済・環境の三つを同時に満たすめどが立ったのは大きな前進と言えるでしょう。
私たちができるのは、産地表示を確かめて選ぶこと、そして持続可能な取り組みを続ける生産者を応援することです。ウナギの夜明けは、消費者の選択によってさらに加速します。
魚忠ECサイトのご紹介
魚忠では、創業70年以上の老舗魚屋として、全国各地の信頼できる漁港から新鮮でおいしい魚を厳選し、毎日仕入れています。キンメダイをはじめ、四季折々の旬の魚や、寿司屋品質の魚介類をご家庭にもお届けしています。
自然の恵みを大切にしながら、美味しい魚を楽しむこと。それは、海を守る意識とつながっているかもしれません。ぜひ一度、魚忠のオンラインショップをご覧ください。
👉 魚忠オンラインショップはこちら
https://uochu.base.shop/
